宮崎に向かう途中、久しぶりに大分県竹田市の広瀬神社に立ち寄ってみました。

広瀬神社 (1)
軍神第一号となった広瀬武夫の像。僕の大好きな軍人のひとりでございます。竹田といえば瀧廉太郎ですけど、彼と同世代に生きた軍人さんです。

ちなみにこの像、以前はありませんでした。おそらく歴史資料館前にあった像が改築工事に伴い移設されてきたんだと思います。

広瀬神社 (2)
広瀬神社 (3)
境内にあがって最初に目につくのがこの阿南惟幾(あなみこれちか)顕彰碑と像であります。竹田市の玉来出身です。

阿南惟幾陸軍大将はポツダム宣言を受諾するか否かの時に戦争継続を最後まで主張し、終戦の日、8月15日に切腹して亡くなられてます。

彼は本土決戦を望み、強硬な戦争継続派であったとする見方がある一方で、彼は単に降伏に反対したのではなく、降伏に反対する軍の暴発を防ぐためにあえて強硬な降伏反対の姿勢を取ってたという説もあります。

最近では映画「日本のいちばん長い日」で役所広司さんが主演で阿南役をされてました。僕も映画館でみましたね。

広瀬神社 (4)
広瀬神社 (15)
境内には広瀬武夫記念館、阿南惟幾記念館があります。

広瀬神社 (13)
記念館下の屋外展示物、綺麗に整理されてました。

広瀬神社 (5)
比叡のマストの金具。

広瀬神社 (7)
比叡のマストの一部。昭和28年に台風で破損し、修理復元されてましたが、平成20年に老朽化のため解体されました。

以前来たときは説明もなにもなく、果たしてこれがマストの一部であるかどうかはわかりませんでしたが、今回、金具のところの解説文でこれが比叡のマストであると確認できました。

榛名のマスト
尼崎の難波八幡神社にある比叡のマスト、たぶんこんな感じで立ってたんだと思います。

広瀬神社 (6)
広瀬神社 (9)
戦艦朝日のカッター。広瀬武夫はかつて戦艦朝日に水雷長兼分隊長として乗っていたこともあったそうな。艦隊のカッター競技では指揮官となり優勝したんとか。

朝日といえば海上自衛隊の最新鋭護衛艦あさひ型はこの「朝日」の名前を受け継いでますね。ちなみに「朝日」は「三笠」の同型艦(敷島型戦艦)であります。

広瀬神社 (8)
榛名の絵。映り込みは気にしちゃ駄目ですw

広瀬神社 (10)
九〇式水上偵察機のプロペラ。

広瀬神社 (12)
広瀬神社 (14)
救命浮標。いわゆる救命ブイ。

広瀬神社 (16)
拝殿前にある戦没者名簿。台座の石は旅順港閉塞作戦に使われた石とのこと。

広瀬神社 (17)
慰霊碑と比叡マストの説明看板。

広瀬神社 (18)
広瀬神社 (19)
広瀬武夫の胸像。以前は階段下の鳥居前にあったものだと思われます。歴史資料館前から全身像が移設されてきたことからこちらに移されたのでしょう。


以上です。

利根資料館が綺麗にされてたように、こちらも誰かが綺麗にされたのでしょうね。最近、こういった史料が再評価されつつあるような気がします。喜ばしいことでありますね。

今回は早朝だったこともあって参拝のみで記念館の中は遠慮したのですが、またいつか再訪したときは見てみようと思います。


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